小説"空色"

こちら自作小説になります。いつも呟いてるような内容は出てきません。
苦手な方はブラウザバック!



-



初めは、マフラーだった。
僕の目に飛び込んできた、鮮やかな空色のケーブル網みマフラー。青色というには淡すぎて、水色というにはクリアすぎる、そんな空色。

いつもの鈍色の車内が急に明るくなった気がして、僕は重たい眼鏡を思わずクッと上げた。
渋い色が多い中で見るからに浮いている空色のマフラーに誰も目もくれない。不思議だ。僕の目にはすぐに飛び込んできたと言うのに。

"彼女"の首に巻き付いた空色は、錆び付いた朝の電車を、眩しくし過ぎてしまった。



次の日は、ヘアゴムの空色。
彼女は、僕が降りる数駅先にある高校の制服を見にまとい、凛とした表情で窓の外を見つめている。昨日はマフラーに巻き込まれていた髪が、今日は後頭部で結んであった。それが、空色のヘアゴムだったのだ。

今流行りの色なのか、彼女が好きな色なのか。手にあったスマートフォンで調べてみても、ネット記事にあるトレンドカラーに空色は見当たらなかった。


それから僕は、平日は毎朝電車で空色を探し始めた。
今日はイヤリング。今日は靴下のワンポイント。今日はスクールバックについたキーホルダー。毎日毎日よく思いつくものだと思うくらい工夫を凝らしたアレンジを加え、彼女は空色を見に纏う。

期待を胸に入った会社で、"新人だから"という理由で理不尽に怒られ、頭を下げさせられ、度があっていない眼鏡でアスファルトばかり見ていた僕にとっては、久しぶりの空だった。空を探すのが1日のピークであり、電車を降りる時が1日の終わりになる程、それは日常になった。

出来ることならば、理由を知りたい。空色にこだわる理由。ただ、知ったところで何があるわけではないけれど…。





とある土曜日の朝、休日出勤で電車に乗った僕は、空色を見つけた。彼女がいたのだ。

綺麗な空色のワンピースを着た彼女を。彼女のワンピースは七分丈で、そういえばもうマフラーをつける季節ではない。僕はそんなことすら彼女に気付かされていた。

僕の時間は彼女の空でうごされているといっても過言ではない。



彼女はいつもと同じ場所にいたけれど、余りにも違和感があった。
それは制服を着ていないことと、いつも吊り革を持って立っている彼女が座席に座っていること、少し化粧をしていること。
彼女の座席の隣は空いている。何故か僕は、理由を聞くなら今しかないと思ったのだ。頭の中で台詞を反芻する。"空色が好きなんですか?"

次の駅に着いたら彼女に聞いてみよう。嫌な顔をされたら、来週からは一本早い電車に乗ろう。



次の駅に着く。すると彼女の凛とした表情に、笑みが浮かんだ。彼女の表情が崩れたのを見たのは、それが最初で最後だった。視線の先は、"彼"。

彼女は視線の先の"彼"を見つめ、小さな声で「空!」と呼びかけ、手を振った。


その瞬間、僕の頭の中で全てがつながったのだ。彼女が空色を見に纏った理由。ずっと窓の外の空を見つめていた理由。






そして僕は電車を降りた。
決して恋では無い。なので、失恋したわけではない。ただ、彼女は僕の青空だった。そこには一切の濁りはない。



僕の時計を動かしていた空は、"彼女"の空ではなかった。




駅を出た瞬間なぜか溢れ出した涙を止めるために、僕は上を向いた。
その瞬間、彼女とは比にならないほどの満天の空色が、僕を照らした。